私は洗面器に溜められていた水を流し、ブラシを干すために物干し台へ向かった。
西日に輝くしっぽは縁側に座っていた
しっぽは拡げた新聞紙の上でこちらに背を向け座っていた。
私は西日に照らされるしっぽの顔を見ようと前に回り込んだ。
_ 尻尾にそんな張り紙が貼られていた。
私が見ている前でしっぽは少し小さくなった。
私が見ている前でしっぽは少し大きくなった。
私が見ている前でしっぽの尻尾の輝きが失われていった。
しっぽは毎朝転がりまわるようになった。
_ 玄関が開けられる音がし、私は我に返った。
_ 振り向くとそこには右向きの直立狐が佇んでいた。
私は言葉を発しながらこの人型狐を知っている事に気付いた。
_ (…知っている?誰?)
_ えも言われぬ感情がこみ上げてくる。
_ (逃げなきゃ…)
_ しかし体は動かなかった。
_ 右向きの直立狐はそこに佇んでいた…
もうよく憶えていないあの日。
私は丸いしっぽを連れて見物に来ていた
そして前足をワキワキしたあとこちらに目を合わせたまま動かなくなった。
動かなくなったしっぽは動かなかった。
動かなくなったしっぽは動かなかった。
動かなくなったしっぽは動かなかった。
動かなくなったしっぽは動かなかった。
_ その日、大きいしっぽは帰ってこなかった。
_ ――――――
今も殴っているのだろうかと思い、殴っている姿を想像しようとしたがうまくいかなかった。
私は喜び勇んで玄関に上がった。
私は大きいしっぽを探した。
私は家の中を探し回った。
_ 「ヘヴェさーん。どこですかー。」
_ 「そこにいたんですかヘヴェさん。それにしても回転しているのは初めてですね。」
しっぽばかりに目が行くそれは物干し竿の下で高速回転していた。
私はレジ袋を三角に畳みながら声をかけた。
私が後ろを振り向くと、しっぽが大きくて丸いそれはコロコロ転がっていた。
そう声を掛け、変わらずコロコロ転がり続けるしっぽから目を離し私はレジ袋畳みを再開した。
私が再び振り向くとつやつやしっぽのそれは止まっていた。
私はそう一言だけつぶやいた。
私は畳んだレジ袋と一緒に二匹目のヘヴェリウスをコンテナにしまった。
_ 己の認識の甘さと思い込みの愚かしさを後悔し、私は駆け出した。
_ 力尽きるまで、いや力尽きても走り続ける覚悟だった。
_ ―
_ 押し寄せてくる疲労と痛みによって覚悟虚しく私は倒れ込んだ。
_ しかし倒れてはいけない。
気概さえあればまだ走ることができる。
_ 私は前に進もうと顔を上げた。
_ いやそれはもうどうでもいい事だ。
_ 私が私じゃなくなるのだから…